顕正会時代の思い出
私が顕正会時代に強烈に覚えているのが小山での顕正新聞配布です。
私の友人が小山市(栃木県)の出身であり、友人の身内も折伏したいとのことから実現したものである。
もちろん、私が車出しである。
ある時、友人の携帯に電話が入り、学会員と話し合うこととなった。
そう、友人の身内は学会員だったのだ。
場所は国道50号に面したファミレスである。
なんと、学会側は折伏する気満々で臨んでおり、過去の顕正会の事件簿や御書もあった。
対するこちらは、顕正新聞のみ。
勝敗は明らかである。
こちら側は支隊長だけを頼りとしていた。
ところが支隊長は相手の話を遮るばかりで顕正会の正しさを語ろうとはしない。
いや、語れなかったのだろう。
教学が無かったからだ。
そんなこんなで、2時間が経過。
話し合いの終わりに、ふと学会員がこぼした言葉が今でも忘れられない。
「御本尊は私たちの心の中にいるのです」
えっ!!と思った。
ちょっと待て、と思った時にはもう皆さんファミレスから出ていた。
その時の私の疑問。
”だったら、学会の御本尊下附の意味って何なの?”
心の中に御本尊がいるのなら、御本尊下附の意味はないはずです。
これは、日蓮仏法を知るものなら法門に詳しくなくとも感じる疑問だと思うのです。
それは同時に今の顕正会にも言えてしまいます。
”遥拝勤行を勧めていながらどうして御本尊下附が必要なの?”
顕正会で言う遥拝勤行とは、大石寺にある戒壇の大御本尊様に向かって勤行するというもの。
であれば、御本尊は必要ないのでは。
なのに、顕正会は御本尊下附の条件を引き下げたのである。
この矛盾はどうして起こるのだろうか。
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